赤西仁の現在は海外で活躍するアーティスト!事務所圧力や病気を乗り越えて人気者に!?

「KAT-TUN 」としてデビューし、人気絶頂の時にグループを離れ独立した赤西仁さん。

グループに残った他のメンバーに比べテレビ出演がない赤西仁さんですが、現在は何をしているのでしょうか。

黒木メイサさんとの結婚生活も気になりますね。

赤西仁さんについて調べているとジャニーズ事務所からの圧力や病気を患ったという情報まで出てきました。

まずは現在の活動を詳しく見ていきましょう。

赤西仁の現在|今何してる?

赤西仁さんはジャニーズアイドルグループ「KAT-TUN」としてデビュー後、多くのファンを獲得します。

「KAT-TUN」脱退、ジャニーズ事務所退社後は子供時代からの夢であった海外での活動に注力し、現在は歌手、タレント、プロデューサーとして活動しています。

私生活では2012年2月2日にモデルで女優の黒木メイサさんと結婚。

2012年9月23日に第一子の女の子、2017年6月7日には第二子となる男の子の出産を発表しています。

赤西仁さんの活動についてはSNSなどでも発信していますが、私生活についての投稿は少なめです。

赤西仁の現在|活動は海外中心に!

赤西仁さんは現在、本人のかねてからの希望だった海外での活動を中心に行っています。

ジャニーズ事務所在籍中もソロ活動で海外に進出していた赤西仁さん。

2010年11月7日から行われたツアー「Yellow Gold Tour 3010」ではシカゴ、サンフランシスコ、ヒューストン、ロサンゼルス、ニューヨークといった都市を巡り1万5000人を動員します。

同年12月9日には「ユニバーサルミュージック」、「ソニー・ミュージックエンターテインメント」と共に、世界三大レーベルとして数えられる「ワーナー・ミュージック・グループ」と契約し、2011年には全米デビューを果たしました。

2011年1月14日では日本での活動として「Yellow Gold Tour 3011」を開催した赤西仁さん。

このツアー中にはアメリカで10代を中心に人気を集めるR&Bシンガーであるジェイソン・デルーロさんとのコラボ楽曲で全米デビューシングルを発売することを発表します。

発売されたシングル「TEST DRIVE featuring JASON DERULO」は2011年11月8日にはiTunesStoreのダンスチャート1位を獲得しました。また2013年に公開されたアメリカの映画「47RONIN」のオーディションにも合格した赤西仁さんは2012年12月でハリウッドデビューを果たします。

2012年には赤西仁さんのソロ活動ファーストアルバム「JAPONICA」を日米で同時発売するなど、精力的な活動を続けていましたが、その後は「ワーナー・ミュージック・グループ」からアメリカに向けてCDを発売することはなくなりました。

日本では絶大な人気を誇る赤西仁さんでも、アメリカ進出は難しかったようです。

アメリカでの知名度・人気度を図る一つの指標として「Billboard」という音楽チャートがあります。

赤西仁さんが発表した楽曲はこの「Billboard」ではすべてランキング圏外になっています。

日本国内では「アメリカでも人気がある」と言われている宇多田ヒカルさんですら、2019年2月2日付の「Billboard」チャートで100位中98位で初めてランクインしたほどです。

宇多田ヒカルさんは何度もアメリカでCDの発売を行っていますが、ランクインするまではすべて圏外。

そういった事実からも日本人アーティストが”アメリカで大人気になる”という夢を叶えることはとても難易度の高い事だということは容易に想像できます。

赤西仁さんのアメリカ進出は決して成功したとは言えないものになりました。

赤西仁さんは自身の30歳の誕生日でもある2014年7月4日に公式サイト「JIN AKANISHI(赤西仁) OFFICIAL SITE」を開設し、同時にファンクラブ「JIP’s」 も発足します。

赤西仁さんのTwitterアカウントでは

「Happy Jindependence Day」!!」

と投稿し、開設された公式サイト内の「biography」(活動歴)のページでも

2014年7月4日、自主レーベルを立ち上げ、再始動開始
引用:JIN AKANISHI(赤西仁) OFFICIAL SITE

と付け加えました。

一部の報道ではこのファンクラブが赤西仁さんの収入源になっているという話があります。

赤西仁さんのファンクラブ会員数は公式で明かされることはないもののTwitter上では入会したファンが会員番号の情報交換を行っており、2019年時点で確認できたツイートでは3万代のものがあります。

年会費5500円で会員数を3万と少なく見積もっても年間1億5千万以上の会費収入ということになり、この収益のほとんどが事務所関係なく手に入る仕組みです。

中国での活動

アメリカでの活動はお世辞にも成功とはいえない内容になってしまった赤西仁さんでしたが、アメリカの人口は3.2億人であるのに対し、中国は13.9億人とマーケットの規模も莫大です。

「再始動開始」宣言をした赤西仁さんは、2014年9月7日に中国・上海で開催された「Shanghai west bund音楽祭」に出演し中国マーケットに飛び込みます。

2014年12月20日には同じく上海で、赤西仁さんとしては中国初となる「赤西仁“JINDEPENDENCE”TOUR 2014上海公演」を成功させ、順調に中国での人気を集めていきました。

2015年には中国の大手動画サイト「iQIYI」が主催するアジア全域の映画やドラマ、音楽、芸能などの多岐にわたる分野に対する授賞式「愛奇芸尖叫之夜」にて、赤西仁さんは「アジア人気アーティスト賞」と「年度音楽大賞」を日本人として初めて受賞します。

その後も2016年には「第20回China Music Award」にて「Asian Most Popular Japanese Artist」を受賞。

2018年には「WEIBO Account Festival in Japan 2018」にて「もっとも影響力のあるアーティスト賞」を受賞しています。

「WEIBO Account Festival in Japan 2018」は日本で開催された授賞式ですが、主催するのは中国最大のソーシャルメディア「微博」(WEIBO :うぇいぼー)で、選考の基準となるのは中国国内での人気度です。

赤西仁さんは主に日本で人気のソーシャルメディアであるTwitterの公式アカウントのフォロワーは80万人ほどであるのに対し、「微博」内でのフォロワーは230万人以上。

日本の他の芸能人の「微博」フォロワー数は、海外人気の高い木村拓哉さんで183万人、世界的な人気を集めるバンド「XJAPAN」のYoshikiさんですら100万人ということからも、赤西仁さんの中国での人気度が伺い知れます。

中国での赤西仁さんの人気ぶりはアーティストとしてだけでなく、俳優としても中国ドラマ「大泼猴」(だーぽーほう)に出演する活躍をしています。

プロデューサーとしての活動

赤西仁さん音楽プロデューサーとしても活動しています。

2016年に開催されたアジア最大級の国際短編映画祭「ショートショートフィルムフェスティバル&アジア2016」には、赤西仁さんが初めて映画音楽を音楽プロデューサーとして担当した作品「PHANTOM 」が公開されました。

日本の芸術専門学校を卒業したシンガポール出身の有名写真家であるレスリー・キーさんとタッグを組んで作り上げられた「PHANTOM」は、「YOHJI YAMAMOTO秋冬コレクション 」に着目した作品。

赤西仁さんに映画音楽のプロデュースを依頼したレスリー・キーさんは「ショートショートフィルムフェスティバル&アジア2016」のオフィシャルフォトグラファーを務めていたことから注目度の高い作品でした。

同映画祭で開かれたトークイベント「I’m LESLIE KEE – we are the world.」 にレスリー・キーさんとともに出演した赤西仁さんは音楽プロデューサーとしての苦労を話しています。

実はプロデューサーのオファーを受けたのは上映開始のわずか一週間前だったと明かした赤西仁さん。

「レスリー・キーとヨウジヤマモトの作品ならと思って二つ返事で快諾したんです。3分から長くても5分程度のショートフィルムならと思って(一週間の期限だとしても)問題ないかな、と。」
「実際に映像を受け取ったら23分の長さで、レスリー・キーからは何度も(音楽の)修正依頼が来てなかなか完成できずにいました。最後はレスリー・キーにスタジオに来てもらって、具体的にどうしたいか教えてもらいながら仕上げました。」
「レスリー・キーは抽象的な言葉で説明してくるから理解できないし、セリフがないから音楽ですべてを表現しなければいけないところが難しかった。」

また、このトークイベントではレスリー・キーさんが

「プロ(本業が映像音楽プロデューサーの人)がやったら半年かかってもおかしくない仕事。でも赤西仁ならできると思った。」

と、赤西仁さんの才能を高く評価しているコメントも残しています。

YouTuberとしての活動

赤西仁さんはYouTubeでも活動を行っています。

赤西仁さん公式のYouTubeアーティストチャンネル「Jin Akanishi 」はソロ活動を始めた2011年に開設され、主に赤西仁さんの音楽活動・楽曲の情報などを中心に動画を投稿しています。

2019年12月6日には、赤西仁さんと同じくジャニーズ事務所を退社した元「関ジャニ∞」メンバーの錦戸亮さんとの共同プロジェクト「N/A」を立ち上げたことをTwitterで報告しました。

「N/A」の活動として2020年4月に立ち上げられたYouTubeチャンネル「NO GOOD TV」では、新型コロナ騒動による不要不急の外出自粛が求められる中、自宅でもファンに少しでも楽しんでもらうことができるエンターテインメントを作り出すという目的で活動するとのことです。

チャンネルの動画は随時追加していくと発表され、赤西仁さんと錦戸亮さんが自宅からビデオ通話で話す内容を番組として編集した”プライベート感”満載の動画が投稿されています。

「NO GOOD TV」は開設3か月で65万人を超えるチャンネル登録者数を記録。

赤西仁さんは錦戸亮さんとの共同プロジェクトではあるものの、YouTuberとして飛ぶ鳥を落とす勢いで成長しています。

赤西仁さんが「N/A」設立を発表した際には、錦戸亮さんと2人で取り決めた”契約合意書”をSNSで公開し、その内容が自由すぎると話題になりました。

契約書の第2条までは”いかにも契約書”といった真面目な内容ではあったものの、第3条から

「契約内容に関する仕事をキチンと真っ当出来るよう、甲乙がなるべく努めること」
「陰口三回バレたら契約解除できる」
「健康に影響を及ぼすダイエットはしないようなるべく心がける事とする」
「互いのSNS投稿に対してどれだけ不信感を得ても、互いの心に傷がつかないように言ってあげる」
引用:赤西仁公式Twitter

とくだけた文体でユニークな契約内容が続きます。

これに対しネット上では

「こんな面白い契約書見たことない!」
「意味不明な内容があるんですけど(笑)」

などと反響もといツッコミコメントが寄せられました。

ユーモアあふれる契約内容を公開した赤西仁さんでしたが、契約内容の中には芸能活動に関して気になる記述も見られます。

「どんなに辛いことがあってもなるべく芸能界に媚を売らない」
「近年における芸能界の悪しき風習や、理解に苦しむ忖度を受けたとしても決して諦めず進み続ける」
引用:赤西仁公式Twitter

赤西仁が消えた時期と原因

赤西仁さんのテレビ出演が減り、我々が彼を目にする機会が無くなっていったのは「KAT-TUN」脱退後の2011年頃からです。

テレビ出演回数が減ったことに関しては、「KAT-TUN」の一員として、グループとしての出演のオファーが来ていたものが無くなった点や、本人のソロ活動が増えLIVEツアー等で収録のスケジュールが合わなくなったという理由が挙げられます。

そんな赤西仁さんですが、実は2011年以前にも芸能活動を休業していた過去があります。

赤西仁の芸能活動休止

赤西仁さんは2005年1月から放送されたドラマ「ごくせん」第二シリーズに出演しブレイクを果たします。

2006年3月22日にはアイドルグループ「KAT-TUN」のメンバーとして「Real Face」でCDデビュー。

まさに飛躍の一年となった時期でしたが、2006年10月12日には突如として芸能活動の無期限休業を発表します。

その理由を語学留学とし、英語を習得するためにロサンゼルスで半年ほど過ごすと2007年4月19日に帰国。

赤西仁さんは帰国翌日の20日に記者会見を開き芸能活動再開を宣言しました。

ソロ活動とジャニーズ事務所との軋轢

芸能活動再開後はソロ活動が増えていった赤西仁さん。

2010年1月に公開された映画「BANDAGE バンデイジ」で映画初主演を飾ると、劇中バンドのボーカルとして発売したシングル「BANDAGE」がオリコンチャート初登場1位を記録するヒット。

それを足掛かりに2010年2月7日からは東京・日生劇場でソロライブ「Star Live 友&仁(You&Jin) 」の公演を行い、同年6月にはロサンゼルスでも同LIVEを行いました。

その後「アメリカに10月まで滞在する」と自身の希望を表明した赤西仁さん。同時期に日本で行われていた「KAT-TUN」のライブツアーには不参加の予定と発表します。

すると2010年7月16日ジャニーズ事務所社長・ジャニー喜多川さんから、正式に赤西仁さんが「KAT-TUN」を脱退する方針が発表されます。

「KAT-TUN」脱退後はソロアーティストとして海外での活動を中心に行っていた赤西仁さんですが、2014年2月28日でジャニーズ事務所を退社します。

同年3月2日にTwitterやFacebookに赤西仁さん本人が退所の報告を発表しました。

私赤西仁はこの度、2014年2月28日契約期間満了に伴い、株式会社ジャニーズ事務所と契約を更新しない旨を合意致しました。
今まで様々なことを経験させていただき、支えて下さった事務所関係者の皆様、ファンの皆様に心より感謝しております。
子供のころからの夢である海外での活動も、今まで以上に取り組みたく、今回の合意に至りました。
これからも、ファンの皆様とよりたくさんの思い出を作って行くべく頑張っていきたいと思います。今度とも変わらぬ応援宜しくお願い致します。
引用:赤西仁公式Twitterアカウント

赤西仁さんが発表したコメントは同時に英語訳の文章も掲載され、語学留学を成果を伝えるものにもなっていました。

発表された文章の内容では「ジャニーズ事務所とは円満退社」というものでしたが、各メディアの取材によるとジャニーズ事務所は契約解除の理由を「コメントできない」と説明していることが後々判明します。

消えたのは結婚が原因!?

退社前、2012年1月25日には女優・黒木メイサさんとの熱愛が「スポーツニッポン」によって報じられ、同年2月9l日にはマスコミ各所にファックスで結婚を報告した赤西仁さん。

黒木メイサさんとの結婚はジャニーズ事務所に対して事後報告となったようで、勿論アイドルとして活動していた赤西仁さんにとって女性関係は御法度、事務所は赤西仁さんに出演予定のテレビドラマを降板させるといった重いペナルティを課しました。

これが芸能界から赤西仁さんが消えた理由の直接の原因とは言えませんが、事務所とのいざこざがあったのは確実です。

ジャニーズ事務所の圧力でテレビに出られなくなった?

2019年7月17日にジャニーズ事務所が公正取引委員会から注意を受けていたことをNHKがスクープしました。

この問題が浮かび上がった背景にはジャニーズ事務所のトップアイドルグループだった「SMAP」の解散があります。

NHKの報道では元「SMAP」で現在ジャニーズ事務所を解散し、「新しい地図」として活動している稲垣吾郎さん、香取慎吾さん、草薙剛さんを民放テレビ局に”出演させないように圧力をかけていた”疑いがあるとしました。

行政指導のグレードは注意→警告→行政処分といった順で重くなっていき、ジャニーズ事務所が公正取引委員会から与えられた”注意”は、行政指導のうちの最も軽いものです。

ジャニーズ事務所はこれについて公式ホームページで

弊社がテレビ局に圧力などをかけた事実はなく、公正取引委員会からも独占禁止法違反行為があったとして行政処分や警告を受けたものでもありません。とはいえ、このような当局からの調査を受けたことは重く受け止め、今後は誤解を受けないように留意したいと思います。
引用:johnny-associates

と弁明しています。

ジャニーズ事務所の圧力に関しては、赤西仁さんが錦戸亮さんとの共同プロジェクトを立ち上げた際に発表した契約書でも言及されていましたね。

「どんなに辛いことがあってもなるべく芸能界に媚を売らない」
「近年における芸能界の悪しき風習や、理解に苦しむ忖度を受けたとしても決して諦めず進み続ける」
引用:赤西仁公式Twitterアカウント

「理解に苦しむ忖度」という部分はまさにジャニーズ事務所の圧力によってテレビ局側が”忖度”して、”元ジャニーズ事務所のタレントを出演させないようにする”という点に繋がってくるのではないでしょうか。

赤西仁の現在|病気で満足な活動ができなくなった⁉

赤西仁さんは2019年3月4日に自身が「変形性腰椎症」を患ったことを告白します。

公式サイトでは2019年4月6日から公演予定だったツアー「JIN AKANISHI“THANK YOU”TOUR 2019」の内容を変更せざるを得ない状況になったと発表しました。

変形性腰椎症は腰や下肢に痛みやしびれが起こる病気で、人の身体を支える背骨の椎間板(骨と骨との間のクッションの役割をしている部分)が変形し、骨に挟まれ圧迫されることで痛みなどの症状が出ます。

赤西仁さんが報告した症状では腰のあたりに痛みを感じたということで、そこまで重い症状ではないという診断をされましたが、病気が進行すると椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症といった病気に変化していくリスクもあります。

症状の進行具合によっては手術を行うこともあるようですが、基本的に行われる治療はコルセットで患部を固定して安静にするといったものです。

赤西仁さんは「万全の体制で出演・パフォーマンスをおこなうことができない」といった理由からコンサートを中止したことから、手術などは行わずに安静・経過観察を選んだのではないでしょうか。

病気でツアーを中止したことからファンの方々はショックを受けるかと思いきや、赤西仁さんは公演内容を自身のジャニーズ事務所独立からの5年間の軌跡をたどったドキュメンタリー映画「JIN AKANISHI 5th Anniversary Our Years Film」に変更し、本人不在のツアー公演を敢行しました。

赤西仁さんはツアー内容の変更に伴い自身のTwitter上で

「これはこれで近々に絶対やりたかったことだから絶対観に来てほしいの」
引用:赤西仁公式Twitterアカウント

とファンにおねだり。

するとファンからは

「仁くんが絶対にやりたかったっていうくらいだから、こっちも絶対観に行くしかないでしょ!」
「会えないのは残念だけどお大事にね」
「アクシデントもワクワクに変えてくれるなんてさすが!!」
「何しても、貴方についていくよ!」

と前向きなコメントが寄せられます。

コンサートツアーを本人不在で行うことはまさに異例ですが、近年の映像技術の進歩やVR技術の発展などから音楽業界からも大きく注目され、赤西仁さんにとって病気は不運なことではありますが新しいコンサートの形を示す機会にもなりました。

赤西仁の現在|教育パパぶりが話題に⁉

2012年に黒木メイサさんとの”電撃できちゃった結婚”を発表した赤西仁さんは、当初週刊誌に書かれる内容はあまり良いものではありませんでした。

2012年9月23日に黒木メイサさんの実家がある沖縄で長女が誕生したことが報道され、同年12月までは家族そろって沖縄で過ごしたとされる赤西仁さん。

その後都内の高級住宅街にある低層マンションを購入し、家族で住むようになります。

広いリビングに150平米はあるという3LDK、家賃は約60万と贅沢な暮らしではあるものの、夫婦としては満足がいかない様子だと報道したのは2013年3月28日号の「女性セブン」。

黒木メイサさんは産後まもなく、2013年に放送が開始された大河ドラマ「八重の桜」に出演。
閑静な住宅街ではあるものの赤西仁さんの構えた新居には夜になっても派手な若者が出入りし、大音量で音楽をかける様子も確認されるといいます。
どうやら赤西仁さんが子育てに協力的ではないようです。
夫婦水入らずの生活が続くかと思えた矢先、新生活開始後わずか2週間足らずで黒木メイサさんは愛娘を沖縄の実家に預けにいきました。
東京では赤ちゃんを預けられるほど信頼している友人がいないため、黒木メイサさんは相当思い悩んでいたようです。
一か月弱するともう一度沖縄に愛娘を引き取りにきた黒木メイサさんの姿が確認されています。
その間赤西仁さんはクラブでの目撃談も相次ぐほど”遊びあるいていた”そうです。
引用:女性セブン

このスクープを皮切りに4月になると、今度は様々な週刊誌が”育児放棄”ともとれる記事を次々に掲載し始めます。

4月中旬には”六本木ヒルズでの買い物デート”、”品川映画館でのラブラブ映画鑑賞”、”夜中にふたりで加圧トレーニングにいき体を鍛える姿を目撃”といったものが見られました。

どのスクープでも「生後1年もたたない愛娘の姿が見られない」といった批判が起こりそうなものです。

中には赤西仁さんが「子供ができて遊べなくなった」と不満を漏らし、黒木メイサさんもそれに対して離婚を意識しているという内容の記事まで見られるようになりました。

しかし2017年6月に第二子の出産が報告されると、”イクメン”となった赤西仁さんに注目が集まります。

2017年10月1日に自身の写真集「INCARNATION」の発売記念イベントに登場した黒木メイサさんは子育てについて語ります。

「家事全般を主人(赤西仁さん)が手伝ってくれています。家事の役割分担はやってないんですが、できる時にできる方がやってるという感じです。子育てに関しては主人の協力が大きいと思っています。」

黒木メイサさんが育児に関して赤西仁さんの名前を出して褒めたことから、一気に世間ではイクメンの印象がついたようです。

同年10月26日には「女性自身」が赤西仁さんのイクメン奮闘姿をスクープします。

10月中旬朝八時過ぎ。
都内のインターナショナルスクールに赤西仁さんの所有するワンボックスカーが目撃されました。
車から降りてきたのは5歳になった長女。
長女は赤西仁さんにいってきますのキスをすると「ぱぴー!ばいばい!ラブユー、ぱぴー!」と元気に登校していきました。
愛娘を送り届けると千葉県船橋の家具量販店「IKEA」に向かった赤西仁さん。

ソファーやベッド等目についた商品をスマホで撮影していると、そのうち電話がかかってきた様子。
「これかってもいい?えー、だめなの!?」
どうやら会話の相手は妻である黒木メイサで、撮った写真をメールで見せて”お伺い”を立てているのが確認できました。
駐車場に戻ってきた赤西仁さんに記者が「ふたりめのお子さんの誕生、おめでとうございます!黒木メイサさんは満点パパだとほめてましたね!」と声をかけると
「ありがとうございます。(黒木メイサさんがほめていたことに関しては)そんなことないですよ。」
「やらなければならないことをやっているだけですから。」
と謙虚に答え、笑顔で去っていきました。
引用:女性自身

当初の赤西仁さんの印象はどこへやらといったほどのイクメンぶりです。

2018年7月28日の「女性セブン」は赤西仁さんの教育熱心ぶりを報じています。

ハワイで見かけられた日本人一家はどこか芸能人風に見えました。
「赤西仁・黒木メイサ夫婦は最近ハワイにセカンドハウスを買ったようです。今回も長期滞在していて、長女をハワイのサマースクールに通わせているみたいですよ」
と話してくれたのは赤西仁さんの知人。
赤西仁さんの”教育パパ”ぶりは芸能界では有名です。
公文式に通わせたり、男同士の食事会でも出てくるのは習い事の話ばかり、自身の経験もあってか語学教育にも熱をいれている様子。
ハワイのサマースクールに通わせるためにセカンドハウスを購入したという話まであります。
前出の知人によると
「今回選んだサマースクールはハワイの中でも老舗の名門校です。20人ほどのクラスで英会話のレベルも上級。赤西仁さんの教育パパぶりには黒木メイサさんが引いているとの噂もあります。」
引用:女性セブン

語学留学を経験した赤西仁さんだからこそ、ここまで熱心に教育に励むのでしょうか。

自身の果たせなかった「アメリカで人気アーティストになる夢」を娘に託したいのかもしれませんね。

まとめ

人気絶頂の最中突然グループ脱退を発表し、ソロで海外進出を狙うなど野心が垣間見える赤西仁さんの活動。

現在の中国での人気度を考えれば、日本でのテレビ出演が少ない理由も納得です。

2020年現在で36歳の赤西仁さんは子育てにも積極的で、子供の語学学習には特に力を入れている様子も確認できます。

子供に自分の夢を託しているのでしょうか。

かつてメディアで悪く言われた父親像はつゆほども感じられません。

もしかしたら赤西仁さんの子供が数年後、芸能界入りすることもあるかもしれませんね。

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